杭全だんじり祭り宮入2016 西脇組宮入密着ドキュメント 

2016.07.26 by kazu

杭全だんじり祭り宮入2016 西脇組宮入密着ドキュメント

 

かんとくの平野だんじりレポート。

この素晴らしい動画と撮影編集し作ったのが監督
本当に西脇のだんじりの方々に喜ばれて大きなアクセスが広がっております。

kantoku
この度、平成28年度平野郷夏祭り、宮入の撮影、取材を許可していただいた西脇組の皆さん。
本当にありがとうございます!

7月13日、この日は平野郷だんじり宮入の日である。

kantoku
13日のお昼、だんじりの素材撮りをしていた、わたしと社長。
すると西脇組のだんじりに遭遇!
社長が平野生まれ平野育ち、さらに西脇でだんじり乗ってたらしいので、これは取材できる。と思い
西脇組に突撃!

丁度休憩中の西脇組に取材交渉。

kantoku
社長の知っている人が何人かいたので、取材オッケー。
インタビューを撮らせて頂き、ありがとうございましたーってな感じだったのですが、
宮入もとって良いとの事!素敵、西脇組!

宮入の撮影の許可ももらい、西脇組の宮入を撮影することとなった。

kantoku
もともと、杭全神社前でパーテーションの外から撮影しようと思っていただけに、内部撮影オッケーという事に、
カメラマン魂に火が点きました!
これは確実に良い素材が撮れる!ってな感じでテンションあがりまくりのかんとく。
外からの撮影は正直カメラマン的に面白くはないのです。
しかも画も面白くない。
なんかニュースの映像撮ってる感じで、わたし的に面白くないのです。
ドキュメンタリーの映像と、ニュースの映像って全然違うじゃないですか。
ニュースは客観的、俯瞰的な感じで、映像に感情がない。
しかしドキュメンタリーの映像は映像に感情が乗ってるのです。
カメラマンの感情と、画の感情、被写体の感情と魂揺さぶる映像が撮れるのです。
話がそれましたね。映像の話はアツくなってしまうので申し訳ない。

宮入まで待機するとのことなので、我々は一度その場を後にする。

kantoku
19時に出発するとの事なので、その間に杭全神社の素材を撮りに。
暑い。。。ビール飲みてぇ。撮影暑いだろーなー。ちょっとヤダなぁ。。

午後7時、西脇組のだんじりが動きだす。
取材を許可していただいた、副委員長の今井考治さんに挨拶に伺うと、西脇組のはっぴをお貸しいただいた。
これで内部で撮影ができる。

kantoku
なんて良い人なんだ。これは暑いとか言ってる場合じゃねぇ。
というかカメラを持つと勝手にやる気が出るわたしなのですが。

西脇組は今年度の宮入9番、年番長(宮入最後の町)である。
宮入予定時刻は午後11時。
それまでの間、町内でだんじりを曳く。

kantoku
前日も九町合同曳行を撮影したのですが、間近で見るだんじりの迫力ぱねぇ。。。
だんじりが迫ってくるのが結構怖い。

車が二台通れないような道をだんじりが通る。
高張と呼ばれる提灯目掛けてだんじりが直進し、高張ギリギリで急停止するだんじりは迫力満載だ。

kantoku
しかしわたしもプロのカメラマン!
びびってられっかよ!

だんじりは男の祭りの印象が強いが、平野のだんじりは、女性の数も多い。
男がだんじりを曳き、その後ろを女が走る。
男も女も声を張り上げ、その様子は他では見られない華やかさがある。

kantoku
はっぴ姿の女性ってなんかいいですよね!
テンション上がってくるぜ!

午後8時30分。
だんじり曳行中、泥堂町と出会う。
こうした時、二町合同曳行を行う、二町の高張が背中合わせになり、それを目掛けて二町のだんじりが同時に高張目掛けて突進する。

kantoku
迫力ぱねぇ。
西脇組、泥堂町のテンションがすごいことになってます。

二基のだんじりがとうじに急停止すると、周りで見ていた人たちも歓喜の声をあげる。
一町でも迫力があるだんじりが二町同時に行うとなれば、その迫力は言うまでもない。
こうして、互いの町の宮入曳行無事を祈願して、西脇組、泥堂町はまた町内を曳行させる。

kantoku
出発してからずっとこのテンション。
西脇組の人たちすげーなー。

午後9時。
南港通りに到着。まだ宮入までは時間がある。
日が落ちたとはいえ、気温湿度ともにかなり高い。ここ南港通りで休憩をとる。

kantoku
休憩中でも疲れたーとかの声は一切ない。
皆笑顔で、記念撮影したり、談笑したりと楽しそう。
この時、社長が南港通りに。はっぴを着てるわたしを見てなんか爆笑してました。

15分ほどの休憩をとり、また西脇組のだんじりが動きだす。
休憩所を提供していただいた方たちへ、大阪締めで祈願をし、西脇組は杭全神社を目指す。

kantoku
大阪締めとは
うーちましょ、もっそっせ、おーさっそー。
という感じのやつでこの時は正直何言ってるかわからなかったのですが、
正式には
うーちましょ、もひとつせ、祝うて三度(いおうてさんど)らしいです。

休憩をしたところで、彼らのテンションは変わらない。
むしろ宮入が近づくにつれ上がって行っている。
南港通りで何度も高張目掛けてだんじりが突進する。
大通りでの曳行は一般の方も大勢いるので、逆に狭い道より危険度が高いように感じる。
だんじりでの事故が起こらないよう、世話人とよばれる人たちがしっかりとサポートする。
だんじりの迫力の裏では、こういった世話人の方々のサポートがあることを忘れてはいけない。

kantoku
世話人の方々にはわたしも本当にお世話になりました。

午後7時に出発した西脇組だが、宮入が近づくにつれ、熱気が上がってきているのがわかる。
人の変化というのはカメラで撮影しているとよくわかる。
最初はやはりカメラを気にする人が多かったが、だんじりの熱気に包まれるとカメラも気にしなくなってくる。

kantoku
みんな疲れているはずなのに、生き生きした表情で良い顔してます。
カメラ撮影で一番楽しい瞬間ですね。
てかまだ宮入前でこのテンション。宮入はどーなるんだ?

午後11時
杭全神社宮入前。
国道25号線の脇道を通る。あと一つ曲がると杭全神社前だ。

kantoku
わたしは先行し、先に25号線に入る。
すげー!!!!見渡す限りの人、人、人!
昼に杭全神社には素材を撮りに行ってましたが、こんなに人が増えてるとは。
神社前がまるでステージのような感じでした。

そこに宮入九番の西脇組のだんじりが現れる。
宮入まで約4時間ほど町内で声を荒げ、激しくだんじりを曳いて来ているはずなのに
宮前に現れると同時にこれまで以上に声をあげる。

kantoku
やばい。楽しい。カメラ持ってなかったら、ヨイヨイ!!とか言うぐらいテンション上がる。
てゆーか、西脇組のテンションがすげぇ。大暴れですわ。笑

宮前の演出は各町によって様々だが、西脇組は餅を撒く。
これは西脇組の名物で、この餅を期待してくる方も少なくはない。

kantoku
餅撒きを知らなかったわたしの最初に思ったこと。
どこに餅積んでたんやろ?です。

餅を撒き、鳥居の前に高張を掲げ、それに向かってだんじりが突進していく、そしてだんじりを戻し、また高張目掛けて突進。
なかなか宮入しないのが平野だんじりの面白さである。

kantoku
この高張に突進していくのが迫力満載でちょー楽しい。
この辺まで来たら怖さは一切感じなくなってました。
しかし戻しては突っ込みを何回するんだ?
でも、めちゃ楽しい。

宮前では各町パフォーマンスをし、だんじりを前後左右に走らせたり、その場で回転したりと、見ごたえは抜群だ。
そして観客を十二分に沸かせ、ついに鳥居をくぐる。

kantoku
感動。
ちなみにわたしは平野にはなんの所縁もありません。
でも謎の達成感。共感。泣きそうには全くならなかったですが、恐らく笑顔だったと思います。

11時30分
西脇組宮入。
宮入後は、ゆっくり本殿を目指す。
宮入を終えた西脇組。宮入後も興奮冷めやなぬ様子で、声を上げだんじりを揺らす。

最後に杭全神社に宮入報告をし、西脇組の宮入は終了した。

西脇組の方々の顔は晴れたままだった。

我が社フリースタイルマーケティングは
今回大阪市平野区の地車祭りの九町合同
杭全神社西脇組宮入の密着して
動画作成させて頂きました。

kazu
社長のKAZUです。実は平野郷の地車は地元なんですよ

kazu
どうしても地元の地域活性化が仕事じゃなくても出来ないかな?と思って取材に行ってもらいました。

 


 

平野だんじり 9町合同

平野郷夏祭り
毎年 7/11~14にかけて
大阪市平野区では
杭全神社 平野郷夏祭りが行われます。

多くに地元の人にはだんじり(地車)祭りの
愛称で知られいます。

杭全祭りは7/11~14なのですが、
だんじり祭りで毎年一回
灼熱に盛り上がるのは

7/12 九町合同
7/13 杭全神社 宮入

平野在住の方には、だんじりの好き嫌いに関わらず

宮入
だんじり
杭全まつり

と言う言葉は平野在住の方から
すれば周知の言葉なのではないでしょうか?

老若男女問わず平野に住む方々に愛されております。

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kazu
動画を見て地車の祭りの中に又入りたいなーって思えるぐらい熱くなった!

平野郷 だんじり9町紹介

杭全神社千余年の時の移ろいの中で、時の移ろいの中で、町衆が様々に思いを重ねて来た
夏祭りが始まりました

九町のだんじりが道を奪いあってけんか祭りの異名をとった時代も今は昔のこと、近年は町中が一丸となって安全に取り組み、皆で参加できる楽しい行事になっています。

昨年から始まった宮入り後の献灯行事には育和連動も参加、宵宮祭りに新しい祭り風景が誕生しました。
今年はいまだに地元警察の許可が出ないようですが、近いうちに育和連合からも十台目のだんじり宮入が実現するかもと言う噂が上がっていますね。

夢の十町合同も近いかもしれませんね?



平野郷 だんじり九町の紹介

だんじりの見せ所
背戸口

背戸口のだんじりの見どころは、「静」と「動」で分けられるのならば。
静の部分ではなんといっても朝昼の曳行での「本当にここを曲がってだんじりが入って行くの?」と思う狭い辻を若衆と曳行が息を合わせながら曲げて行く所です。

しかも、朝昼の太陽の光がだんじりの彫り物を幻想的に演出してくれた違った一面も見れます。

ゆっくりと動くだんじりを近くで見れるのも、迫力があります。

「動」の部分では、もちろん宮入なのですが、宮入以外の見どころは、12日夜の曳行で九町合同曳行の待機場所に入って行く前内環状線を渡る時でしょう。

合同曳行に行く前で若衆や世話人も気合も入ってますし、狭い道から大きな道にだんじりが出て来る瞬間など、スピードに乗っていてとても躍動感があります。

「静」と「動」を見て頂ければ、また違った背戸口町だんじりを感じて頂けるのではないでしょうか?

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市町
市町の魅せところは、もちろん「宮入」です。
その中でも東西曳行は市町の専売特許といっても過言ではありません。
東西曳行の始まりは、約30年前項だったと思います。
「だんじりが止まっていたら直ぐ押せ!」との教えから、たまたま東西にだんじりが向いた時に動いたのが最初でした。
今に思えばいくら教えがあったにしろ、ベテランの梃子方と張り方の若衆の存在があったからできた事だと思います。

毎年東西並行を行うよになり、わざわざ東西曳行を楽しみにしていた観客の方もいたようです。
曳行範囲も小学校の歩道橋から今のみずほ銀行付近まで曳行していた事もあります。

今でもこそ観客との境界線を設けられ、東西曳行もその範囲内であれば曳行が可能になり。数町が行うようになりました。

元祖「東西曳行」の町として、今年も若衆 世話人が一丸となって最高の宮入をお見せしたいと思いますので、是非楽しみにしてください。

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流れ町

当町の祭りは、昼の曳行と夜の曳行でガラリと雰囲気が変わるのが大きな特徴であり、魅せところであると言えます。
昼の曳行は、子供からお年寄りまで常に笑顔が絶えない和やかな雰囲気で行われます。
祭りの楽しさを伝えるために子供達や町内の人達と一緒に楽しみながら曳行しまs。

夜の曳行は、一転して勇ましい祭りに様変わりします。
激しくダンジリを動かすため、安全を確保するにあたって若衆だけでなく当町の祭りに参加している人達全てがピリピリした雰囲気になり迫力のある曳行をお魅せできるのです。

また、当町は他町さんとの交流も深く過去にも様々な町と合同曳行を成功させてきました。

平成28年度もどの町との合同曳行を成功させるのか今から楽しみであり、わが町ダンジリの魅せところであると言えます。

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野堂北
平成28年度、是非見せてただきたいものは、新調された金注連縄(きんしめなわ)です・
町内の夢であった金注連縄(きんしめなわ)を新調出来たことは、長年に亘る皆様のご協力があればこそと、より一層盛り上がっています!

大事業として平成6年ダンジリ新調、平成18年に大太鼓 小太鼓 鉦を新調し本年度また新しい歴史の幕開けとなります。

黒檀の「勾欄(こうらん)」や「木鼻(きばな)」獅?は無く飾目として「八咫烏」「兎の餅つき」「蝦蟇仙人」「鉄拐仙人」と言う他町にはない特徴あるダンジリで、彫刻は付け木はせず一枚板からほり抜かれた中国 三国志絵巻となっています。
宮入時には「長く 早く まっすぐに」をモットーに「はや舞い」「蜘蛛糸」「ジェット風船」など独特のパフォーマンスを繰り広げます。

九町唯一の金色の「御幣」と新調された金注連縄(きんしめなわ)は初夏の夜に、より一層輝きを増すことでしょう。

是非ご覧ください。

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野堂南
わが町の魅せところでありますが、ぜひ注目していただきたいのが、重厚でありながら疾走するだんじり「です。
木の厚み、各部に彫り巡らされた繊細な彫刻の数々 上だんじりの考えられる贅のすべて尽くしたと言われる「動く芸術品」が巧みに操られ、地響きをあげて進んで行く様は、勇ましい以外の表現が見つからないと、ありがたいことに、平野郷のみならず、各所より評されています。
派手さはあるとは、決して言えませんが、「飾り気のない昔ながらの平野まつり」
だんじりそのものが醸し出す本来の『粋』を、常に追求するのが我が町のまつりであります。

それゆえに、年に一度のだんじりまつりにかける思いは一入(ひとしお)で、町の年寄、役員、若中、子供に至るまで、まつり直前まではもちろん、当日も熱い話を繰り広げ、町の至宝であるだんじりを伊吹を吹き込みます。

まつりが近づくと、平野郷界隈では「あいつは、よぉまつり知ってるでっ!」と言うような話を耳にしますが、そんな「まつりをよぉ知っとる」人間たちが動かすだんじりを、沢山の」方をご覧頂きたいと思います。

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野堂東
わが町の一番の魅せ所は九町合同の退場時です。
他八町の地車が退場し、難攻通りにわが町の地車だけになった瞬間
綱をつけて猛スピードで走りぬけます。
わが町の地車は平野郷の地車の中でも背が高く重量感があるので。その為に我が町では
氏子総代 顧問 世話人会の「東力会」、若中の会「東龍曾」、女の子の会「東娘」の各会が
一年間を通して寄合を行い、一致団結し楽しく安全に曳航できるように最善を尽くしております。

十年程前から続けておりギャラリーの人数も年々増えており、
今となっては「名物」と言っても過言ではありません。

九町合同曳航をご観覧の再は、是非我が町の地車が退場するまで見届けてください。

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馬場町
馬場町の地域は、昔々のお寺が多く、寺侍達が保有していたウマの馬術、武術の練習場【馬場】あった為に
「馬場」の地名が来ています。
現在でも親しまれてる大念佛は、宗祖良忍上人以来訳900年の歴史を持っています・
平安時代末期の念仏信仰の先駆けをなし国際念仏最初の宗派であり、ゆえに日本最初の念仏場と称します。

この地昭和初期まで馬の放牧場があり、昔市内と南部を結ぶ交通 流通の要地であり多数の街道が集結する
基点で、住人の多くは荷役の馬方であり、剛力を誇っていましたその気風が今も受け継がれています。

特に御輿 太鼓台の当番時には、伝統を受け継ぎ町内を馬力のごとく人肩で担いで全て曳行します。
又夜間曳行時には、走り出すと馬のごとくひたすら地車を動かします。

この様な事が馬場町の気風であり自慢です。

最後に本年度、永木に渡って使用してきた地車小屋が新調されます。
地車小屋との別れに対数寂しさもありますが、新たな気持ちで世話人中心に
一同協力し、勇壮な地車まつりとなる様にがんばって行きたいと思います。

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泥堂町
泥堂町の地車の魅せどころは、先ずは『やり回し』です。
息のあった掛け声と共に、凄まじい速さで360度以上回転する地車は、その勇壮で迫力満点な姿に圧巻されます。

その次の魅せところは『はり回し』です。やり回しとは違い動きをとても穏やかですが、拡声器の掛け声と四方の
タイミング、そして押し手の動きを的確に合わさないと出来ない技です。

それらの全てが寸分の狂い無く糾合した時は、その優美な動きに全ての者が魅了されます。

又、はり回しの動きに合わせて泥堂町の独特な掛け声『泥堂様のお通りだー♪ 開けろー 開けろー 道あけろー♪』は
地車囃子の音色と調和して、聞く耳の残り魅惑されます。

この掛け声をお聞きの際は、ぜひ我々と共にご唱和頂きまして、今年の祭りを一緒に盛り上げて
参りたいと思います。

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西脇
幾度の修復を重ねてきた西脇組の地車は、大正10年住吉大佐での修復の際、
舞台床板裏から安政3年(1856年)のだんじり制作を示す墨書きに制作年が判明
(なんと160歳!ペリー黒船来航の2年前)
その修復で主屋根の獅噛み、車板、懸魚の彫り物は名門小松一門でも
「獅噛を彫らせたら右に出る者はいない」と称された小松四天王の一人、
赤金由松の作
「源頼朝の富士の巻狩り」の統一彫りで、三枚板左右には源頼朝の鹿打ちや
仁田四郎忠常の猪退治が彫られ、後方から屋根を見上げれば、巻狩りの大取りの勤める鷹の飾目
後屋根には千じんの谷に子を毛劣る唐獅子の飾目
後ろだけで9匹の唐獅子が居るのは中々珍しい構成

当時一世を博した小松や相野とは一風変わったノミ跡を残す名匠服部を異才11代目川崎仙之助。
小松四天王こと赤金由松の獅噛み等が残る遺作の160才を迎えただんじりと共に、
今年の年番町の大役に喜び、一致団結して祭壇に挑んで行く

平野郷夏祭りスケジュール

平野の町の至る事所に提灯が並び出し
6月末ぐらいから配られる
平野郷夏祭りパンフレットを見ながら

今年はどのだんじりが、一番最初 一番最後
自分の町のだんじりは何番などの話が出始めます。

だんじり若集 世話人は今年もだんじり曳航の安全に無事
成功する為に翌日から二日間に渡るだんじり祭りの為に準備の最終段階に入ります。

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池田
えー地車も色々な見所が違うんですね?

kazu
はい!細かいところは祭りフリーペーパーに掲載してある物からパクリました。

杭全だんじりスケジュール

7月1日
遂行祈願祭
7月11日~14日 4日間 行われる夏祭りに
向けての安全祈願が神社で執り行われ
神社前の平野川の樋尻口には清めの為の斎竹(いみだけ)が立てられます。

平野だんじりに関わる人以外は知らない事ですが、
だんじり曳航時の安全の為には
欠かす事の出来ない祭事となっております。

杭全神社祭り開催時間

・7月11日(月) 6:00頃~        ふれ太鼓

・7月12日(火) 昼ごろ~   夜17時前後から九町合同

・7月13日(水) 昼ごろ~   だんじり曳行

・7月13日(水) 20:00~24:00頃  宮入

・7月14日(木) 16:00~20:00頃  神輿渡御

7月11日

杭全神社では夜店の屋台が並び
杭全神社境内ではもうお祭りと言う活気が漂います。

11日はメインは
布団太鼓になります。
この布団太鼓はだんじりの一番初めに宮入する町が担う
重要な役割になります。

早朝からその年の宮入一番の役目を担うだんじりの町が大きな音を鳴らし
布団太鼓を叩きお神輿の道を清め進みます。

そして午後にはその年に宮入二番手の宮入役のだんじりの町が
飾りつけしていないお神輿を平野川の樋尻口まで巡行します。

樋尻口では足洗いと言うお清めを行い
神社にお戻りになられたお神輿を飾りつけ
夜の暗闇の中での※「神遷(かみうつし)」が執り行われます。

※氏神(素盞嗚尊)さまがお神輿へ移られること。

7月12日

午前中から街中の至る所でだんじり囃子がなり始め
いよいよ正午すぎよりだんじり曳航がスタート致します。

お昼間はだんじりに紐をくくり
小さなお子様や親御さんでご一緒に町をだんじりとして練り歩きます。

町中に平野郷が誇る自慢の9町だんじりが
至る所に曳航するので、
町はダンジリの太鼓と鐘の織り成す祭り囃子と共に
若い集達が、各町の法被を羽織ダンジリを求めさまよい
自転車で町を探し回っているのる姿を見かけます。

「花貰い」として子供達が各町のだんじりを曳いて
ご家族の安全祈願に「花」(祝儀)を貰いに町中に
幸せの縁起を届けます。

そして12日夜は
だんじりの宮入とは別の
12日のハイライトイベント
9町合同だんじり曳航が
平野の南港通りを夜21時以降から
道を封鎖して行います。

平野郷自慢のそれぞれのだんじり九町が一同に介し
それぞれ各町のだんじりの個性を溢れる
だんじり曳航は、多くの観客の心を魅了します。

7月13日

13日だんじりを支えるこのだんじり衆には
特別な想いを持つ日を迎えるのである。

平野のだんじりに人生をかけている人は
一年だんじりの為に宮入の為に人生を
生きているという人も少なくなく
老若男女問わずだんじり衆の
血は熱く高ぶり気合に満ちています。

1年でだんじりを曳航最後の日だと思うと
血がさわぎ沸き立つのは当たり前ですよね?笑

日中、各町では町内を曳行し「花貰い」を行い、いよいよお待ちかね!午後6時半頃より“夏まつり”のクライマックスである「宵宮祭」“地車(だんじり)宮入”が行われます。
因みに「だんじりの宮入」は厳密に言っちゃえば杭全神社の祭りではないんだよねぇ~。
“だんじり”はあくまでも町衆の祭りであって神事ではなく“神前で町衆が賑やかに振る舞う事により神様に喜んでもらう”という「神賑わい行事」と言われているんです。(知ってた?)
さて、宮入は毎年輪番制で今年の宮入一番町は「西脇組」、以下「背戸口町・市町・流町・野堂北組・野堂町南組・野堂東組・馬場町・泥堂町」の順番となっております。
しかし、素直に宮入しないのが平野のだんじり祭(笑)「戻せぇー戻せぇー」と進んでは戻り・・・を繰り返す。
一旦宮入するともう後戻りする事は禁止なので、焦らしに焦らしちゃうワケ。
そして平野のだんじり祭で一番特徴的とも言えるのが「舞い舞い」(舞え舞え)であります。
だんじりの車輪の1つを軸にしてだんじりを傾け、グルグルと一定方向に廻すという荒技。
これは「神に向かって頭を下げて拝んでいる」という意味なのだそうです。
そんなこんなで9町全てのだんじりが宮入を終えるのは翌14日未明になってから。
明日の本祭りを控えていながらもこれで祭が終わったように感じてしまう方々も結構いらっしゃるとか・・・。(嗚呼、燃え尽き症候群?)



7月14日
最終日のこの日は本祭となる“お渡り”として「神輿渡御」(みこしとぎょ)&「神幸祭」(しんこうさい)が行われます。
これは普段は杜の奥に鎮まる氏神様が神輿に遷られて町の中をお渡りになる事であります。
まず、午後3時頃に杭全神社を出発した一行は平野公園に隣接する三十歩神社へと向かいます。
午後4時頃、三十歩神社をスタート地点として町中を練り歩き、途中で全興寺、長宝寺(坂上氏の菩提寺)へと立ち寄り、神事を行います。
夜となり、杭全神社へと帰還。
先頭の布団太鼓が宮入してから神輿は坂上家の家紋「向う馬」の提灯に送られ宮入、拝殿を目指します。
拝殿の後ろへ安置された後、深夜に再度「神遷(かみうつし)」が執り行われ、神様を神輿から神社へお移ししてフィニッシュ!
祭礼の全てがこれにて終わりを迎えるのであります。あー長かった・・・(笑)
さて因みにこの一行は大凡、7つのパートに分けられており、先頭から以下の順で列をなしています。

①布団太鼓
太鼓台巡行当番町が行列の先頭として担ぎ「神輿渡御」を知らせ、と同時にお祓いとして道を清める役を担う。
②天狗or猿田彦(さるたひこ)
先導役を務める。
③氏子総代
④物持ち
神具を担ぐ人のこと。
⑤神職・巫女
⑥伶人
音楽を奏でる人のこと。
⑦神輿

平野だんじりの歴史

平野郷祭りは、300年以上の歴史がある祭りとして開催されており
一番最古の記録として残っている物では
1705年(宝永2年)の記録が残っており
それ以前の詳しい事はわかっておりませんが、
解り次第記事を更新していきます。

平野郷のだんじり曳航を確認する為の裏技

今は時代の最先端の
テクノロジーを駆使すれば地車の今の曳航状況が
克明に解るのです。

ツイッターを使いましょう。

各町でツイッターを調べたら全ての町が
持っている訳では無いのですが、
各町曳航が解るのは
ツイッターのハッシュタグです。

各町の地名の名前に
#西脇 #背戸口 #馬場 #野堂東
#野堂南 #野堂北 #流町 #泥堂 #市町

これを入れて頂ければ
曳航している地車の若衆が
地車曳航と共に今の場所を
つぶやいているんので、
是非是非つぶやきをご覧頂き
一刻も早くあなたの目当ての地車を
追いかけてくださいねー。

kazu
便利な時代になりましたねー。 僕は地車を探す時は、法被着ている人を追いかけてました。

平野郷地車の各ツイッター

西脇
西脇組(@nisiwakigumi)さん | Twitter

野堂東
野堂東組(@gafYXWbnmpi2mby)さん | Twitter

野堂北
野堂北組 北星組 平野郷夏まつり(@hokuseigumi)さん | Twitter

杭全神社 平野郷夏まつり (だんじり)
杭全神社 平野郷夏まつり (だんじり)(@danjirionly)さん | Twitter

平野郷在住の方には
だんじりの案内のフリーペーパーが配られるのですが、
今の時代は便利な物を

だんじりの情報が得られるサイト

だんじりネット
ページ移転のお知らせ

リンク~だんじり総合サイト~
http://sazern9.fc2web.com/link/danjirisynthesis.html

平野区以外でも各所で地車が出ていますので、
熱い祭りを体感してくださいねー。

kazu
地車を見ていると本当に元気を貰うので、是非みにいってくださいねー。

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